1804年 9月14日 庭師の息子としてドーセット湾の小さな漁村ライム・レギスに生まれる。
1818年 父親が王立植物園の庭師に任命され、一家はウィンザーに移る。グールドも同じ仕事につく。ここで、エッグ・ブローイングと剥製術を身に付ける。
1822年 ヨークシャーのリプリー城で庭師の仕事を続ける。
1824年 ロンドンに入り剥製師を専業とする。
1827年 リンネ学会の支部組織としてロンドンに設立された「剥製博物館」の学芸員および管理責任者に任命される。
1829年 エリザベス・コクスン(1804〜1841)と結婚。グールドの描いたスケッチを石版画に仕上げていった。
1832年 『ヒマラヤ山脈百鳥類図譜』完成
1835年 『オオハシ科鳥類図譜』完成
1836年 チャールズ・ダーウィン帰国。ガラパゴス・フィンチ13羽全てのくちばしの大きさに違いがあることをダーウィンと共にグールドが発見。後にダーウィンの「進化論」につながる。
1837年 『ヨーロッパ鳥類図譜』完成
1838年 『ビーグル号航海記動物学編』全5巻発行。この中の第3巻にグールド夫妻の鳥の図版55枚が収録される。
5月からオーストラリアへ27ケ月の採集旅行。帆船パルシー号にてタスマニアへ。現地でサー・ジョン・フランクリン総督夫妻の協力を得る。
『キヌバネドリ科鳥類図譜』完成
1841年 エリザベス夫人 死去。
ヘンリー・コンスタンティン・リヒター(1821〜1902)が加わる。その後40年にわたり献身的に働き、1000枚以上の版画制作に貢献した。
1848年 『オーストラリア鳥類図譜』完成
1850年 『アメリカ産ウズラ類図譜』完成
1851年 ウィリアム・ハート(1830〜1908)が加わる。
1861年 『ハチドリ科鳥類図譜』完成
1873年 『イギリス鳥類図譜』完成
1881年 ジョン・グールド 死去。
グールド死後、未完成であった作品は、バウドラー・シャープ博士によって作業が継続された。
1883年 『アジア鳥類図譜』完成
1887年 『オーストラリア鳥類図譜』補遺
『ハチドリ科鳥類図譜』補遺
1888年 『ニューギニアおよびパプア諸島鳥類図譜』完成